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エッセー集 イタリア散歩道

カラブリアの旅で

井内 梨絵
ペルージャ外国人大学 日本語科講師Le Ali 8号

南イタリアといわれて真っ先に私の目に浮かぶのは、カラブリアの友人たちの顔です。彼らの故郷はCondofuri〔コンドフーリ〕といって、イタリア半島のかかとにあたるカラブリア州の、最南端に位置します。

この地方はAreaGrecanicaと呼ばれており、ギリシャ文明の影響を強く受けた文化が育まれていました。今ではほとんど話者がいないGrecanicoと呼ばれる言葉の名残は、たとえばアスプロモンテAspro「白い」+monte「山」、ペンテダッティロPente「5」+dattilo「指」(太字がギリシャ語に近い部分)などの地名や、民謡にたどることができます。肉の串焼きSuflaku〔スフラク〕や、ピーマンに詰め物をして焼いたPipichinu〔ピピキヌ〕、お祭りの焼き菓子Sudda〔スッダ〕やちょっと変わった味わいの赤ワインにいたるまで、食べ物もギリシャ料理に良く似たものが沢山あります。

この地をはじめて訪れたのは4年前の夏でした。じりじりと日が照りつける人気のない浜辺とどこまでも透き通った海、切り立った岩山、ヒラウチワサボテンの茂る風景は、「緑の心臓」ウンブリアとは趣を全く異にするものでしたし、見るもの聞くものすべてが新鮮で、「これもイタリアか!」と感嘆したのを覚えています。

とりわけ印象的だったのは、友人たちの豹変振りでした。普段ボローニャに住む彼らは、地元の友人も多く、違和感なく彼の地に溶け込んでいるようです。ところが一歩「ホーム」に足を踏み入れた途端、海で山で、はたまた大家族の食卓で、怒ってみたり笑ってみたり、実にのびのびとした表情をするのです。

もちろん言葉も変わります。Grecanicoこそ話しませんが、家族同士の会話には不思議な単語や表現があふれ、そこに独特のイントネーションも相俟って、会話の内容が理解出来ない私はただただ呆気に取られていました。

こうして強烈なカラブリア体験を経てから、ペルージャに在っても以前より敏感に南イタリアの言葉に反応するようになりました。あるとき学生のひとりがQuella persona mi ha cacciato gli occhiali「その人は私のめがねを取り去った。」と言うのを聞きました。cacciare というとふつう他動詞として「追い払う」などの意味ですから、奇妙に響きます(標準イタリア語ならQuella persona mi ha tolto gli occhialiと言うところでしょう)。コンドフーリの家でCacciati(= togliti) le scarpe!「靴を脱いで!」のような表現をしばしば耳にすることを思い出したので、彼に「あなたはカラブリア出身?」と尋ねてみたところ、その通りでした。こちらとしては友人たちを想い、嬉しくなって聞いたのですが、当の本人はぽろっと飛び出した里言葉が照れくさかったらしく、すっかり赤くなってしまいました。

この学生も他の地方出身者と同じく、異郷の地ペルージャで「郷に入れば郷に従」って生活しています。そんな彼の内には、故郷の歴史や文化が息づいているのでしょう。そんな彼等やコンドフーリの友人たちに、異国に住む外国人としては相通じるものを感じますし、彼等の故郷への興味は尽きないのです。

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